ポルノグラフィティ地元凱旋ライブ「しまなみロマンスポルノ」を決して忘れない為に・・・あの時の想いを記す。

ポルノグラフィティ

強烈に記憶に残っていることも、いつか少しずつ記憶から薄れていく。

伝説のライブとして、今もファンの間で語り継がれている、2009年に行われた「東京ロマンスポルノ」でさえ、細部まで思い出せるかと言われると難しい。
10年以上前のことである上に、開催前の宣言通り、いまだ映像化されていない。
狂気する声が満ちたあのドームで見た、自分の記憶の一つ一つが正しかったかどうか今となっては確認するすべがない。

同じように、映像化されていないライブがある。いや、映像化出来なかったというほうが正しい。
それが、2018年9月8日、9日にポルノグラフィティの地元、広島県尾道市で行われた

  • しまなみロマンスポルノ’18 ~Deep Breath~

いまだに雨が降ると、ふとあの日のことを思い出す。
色々な思い出が残った、あの決して忘れたくないライブのことを、記憶が薄れていく前に何かに残しておきたいと思い、今回ブログにまとめることにした。

普段は、何かを紹介したりすることでわずかながら、誰かの役に立ったり楽しませたり出来ればと考えて書いているが、この記事は自分自身の忘れたくない思い出をひたすら書き記したもので、誰かの役に立たないかもしれない。

それでも、最近ポルノを好きになって当時のことを知らない人に、伝わるものがあれば嬉しい。
この記事を読むことで、

  • どれだけポルノが、地元とファンを愛しているか
  • どれだけポルノが、地元とファンに愛されているか

がわかると思う。

ポルノグラフィティ地元凱旋ライブ「しまなみロマンスポルノ」を決して忘れない為に・・・あの時の想いを記す。

「しまなみロマンスポルノ」ライブ開催の発表


2018年3月1日のこと。
事前に、この日の15時に何か発表をするという知らせが公式からあり、平日だったので、15時に合わせて休憩に上がった。

時期的にも、20周年イヤーのキックオフライブの発表であることは予測できたので、事前に場所をいろいろ予想していた。

デビューが大阪ということもあって大阪城ホール2DAYS、もしくは思い切って京セラドーム、または、地元広島であれば、マツダスタジアムは、騒音問題等の理由でライブが出来ないようなので、広島グリーンアリーナなどが濃厚だと考えていた。

15時になり、アクセスが集中し、一瞬固まったが、画面に表示されたのは、予想通りロマンスポルノの発表。そして場所は

  • 広島県立びんご運動公園

どこやねん。

調べると、メンバーの地元、尾道市にある総合運動公園だった。


本当に嬉しかった。実は、ポルノファン歴はかなり長いが、ずっと尾道及び、メンバーの故郷である因島に行ったことがなかった。

昔から自分の中で一つ決めていたことがあった。それは

  • 地元凱旋の大きなライブ、イベントが行われるときに初めて行く

ということ。

今回、初めてポルノの地元でロマンスポルノを開催することとなり、やっと尾道に行けることに興奮が収まらなかった。
当時付き合っていた現在の妻にそのことを知らせ、ずっと行きたかった場所だから一緒に行こうと話し、数か月先のことに胸を躍らせた。

ちょうどその日、ポルノが地元の因島高校の卒業式にサプライズゲストとして登場し、その場で15時の公式発表より早くライブの開催を伝えたらしい。

この時の卒業生は、デビュー曲である「アポロ」と同じ年生まれ。高校を卒業するという一つの節目を迎え、大人となる重要な日。
そんな日にデビュー20周年を迎える記念すべきライブを発表するポルノ。
公式発表より、どこよりも早く大切にしている地元に伝えるところが、地元を大切にするポルノらしい。

平成30年7月豪雨による被災


平成は、忘れることが出来ない、忘れてはならない災害がたくさん起きた。
しまなみロマンスポルノ開催の2か月前、西日本を中心に台風7号および梅雨前線等の影響による集中豪雨が発生し、甚大な被害をもたらした。

多くの地域で河川の氾濫や浸水害、土砂災害が発生し、死者数が200人を超える「平成最悪の水害」となった。

広島も大きな被害を受け、交通面でも復旧に時間を要する状況。ポルノにとって地元初めての大型イベントとなる今回のライブに向け、各方面で準備を進めていく中で起きた突然の災害。

ライブどころではない状況となり、“中止”という言葉が頭の中によぎった。
ポルノ公式サイトからアナウンスされたのは、現地の状況などを考慮し、開催に関して検討中というもの。ファンとしては、少しでも早い復興を祈り、待つしかなかった。

そして、ついに公式からの発表。それは、ライブを開催し、収益全額を寄付するというものだった。

当時のメンバーからのコメント

この度の「平成30年7月豪雨」におきまして被災された地域の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
僕が知る瀬戸内は優しくて穏やかな場所でした。
そんな瀬戸内が豪雨によって被災してしまったことに
戸惑い、悲しみ、傷つき、疲れ果ててしまった方々がたくさんいらっしゃることと思います。
やはり僕たちに出来ることは 音楽によって少しでも、わずかでもいいので心を元気にすることだと思います。
9月の2日間、愛するふるさとで目一杯歌いたいと思います。

岡野昭仁

「平成30年7月豪雨」で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
甚大な被害があってから、わずか2か月後に大規模なライブを行うこと、中止、延期を含め、スタッフ、メンバーで考えてきました。
どちらの選択をするにせよ、ボジティヴな要素、ネガティヴな要素が同居していて、なかなか答えに辿りつけませんでした。
現在進行形で大変なご苦労をされている方たちにとっては甘い考えだと、お叱りを受けることもあると思います。
災害後、広島カープの選手が口々に「野球しかできないので」と言い、その必死のプレーで、エールを送っている姿を見て、我々も「音を奏でるしかできない」が、“何か”“少しでも”という気持ちでいます。
9月8、9日、地元はもとより、全国から集まってくれるファンの方々と一緒に最高にポジティヴな時間を作り、“何か”“少しでも”を探したいと思います。

新藤晴一

今回、ポルノが選んだ選択が正解か、不正解かわからない。
でも、このライブに参加するみんながポルノの選択を正解にすればいいと思った。
グッズを購入したり、会場での寄付をするなどして、被災地に少しでも支援できるようにすること、そしてなにより精一杯盛り上がることを第一に考え、ライブの日を待つことにした。

ライブ2日前「北海道胆振東部地震」の発生


のちに「平成30年7月豪雨」と命名された災害から2か月という短い期間でありながら、運行面など少しずつ復興は進んできた。しかし、被災地はまだ十分に回復出来ていない。

以前、私の住んでいる街も、ある自然災害で被災したことがあり、その大変さは少なからずわかる。

今回の豪雨災害では幸いなことに影響がなく、ライブに参加できる身として、被災された方の事を思うと心苦しい部分はあったが、直前に迫る大好きなアーティストのライブに胸が高鳴っていた。

そんな中、また自然が牙をむいた。
ライブ2日前に北海道で起きた「北海道胆振東部地震」は、震度7という聞くだけで怖くなる大きな地震で、大規模な停電や交通障害が発生した。
北海道から、今回のライブに参加する予定だった方もいたと思う。本当に自然災害はいつ起きるかわからない。やるせない思いでいっぱいだった。

ライブ前日に尾道観光


ライブへの参加はもちろん、初めて行く憧れの地である尾道、因島の行きたい場所リストをまとめ、準備も完了。
天気予報的に、雨であることがわかっていたので、雨天用の準備も行っていた。

事前に情報を得ようと、当時Twitterはしていなかったが、「しまなみロマンスポルノ」「尾道」「因島」などで検索をかけ、ライブに向けて準備をするファンの様子をうかがいながら、地元の方のツイートからの現地の様子なども知ることが出来た。

  • 復興は完全には進んでおらず、電車の便が減少している事
  • 一部通行できない道がある事

その他にも、びんご運動公園には自販機くらいしかなく、しっかり水分補給が出来るように準備をしておく様に注意があった。

この時は、あんな状況でのライブになることは予想できていなかった。

天気予報が雨なのはわかっていたし、ポルノはもともと自他共に認める雨バンド。仮に雨が降っても蒸し暑いくらいで、横浜ロマンスポルノの豪雨ライブのようになっても、当たり前に決行する。そう思っていた。

よくライブの詳細に記載されている

  • 雨天決行、荒天中止

が実際に起きるなんて思っていない。

ずっと行きたかった尾道、因島観光をする為、9月7日(金)は休みをもらい、6日の仕事終わりから尾道方面へ車で移動。途中で宿泊し、7日の朝に憧れの尾道へやってきた。

車を走らせていると、道路の看板に表示されている「びんご運動公園」の文字。
今回のライブ開催にあたり、初めて知った場所だが、明日のことを考えると胸が熱くなった。

明日のことを考え、ひとまずライブ会場の下見をすることにした。

思ったよりも急な坂を車で登り、見えてきた大きな総合運動公園。
そして明日2万5千人を熱狂させるために陸上競技場に設営された特設会場が目に入り、さらに高まる期待。車で行ける範囲では、特設会場の全貌は見えなかった為、これ以上ネタバレにならないようにUターンし、坂を下り尾道市街へ向かった。

ホテルへ荷物を預け、ラバップリュックを背負い、憧れの街へ。
時間の許す限り、気になるところを回った。
たくさん美味しいお店があり、綺麗な景色があり、尾道の街は最高だった。

そんな中でも、とくに思い出に残っていることがある。それは、尾道本通り商店街を歩いている時のこと。


お世辞にも栄えている商店街とは言えなかったが、レトロな雰囲気の商店街の中に、老舗のお店や新しいお店が入り混じり素敵な商店街。



ちらほら私たちと同じリュックやグッズを身に着けたラバッパーが歩いていた。
ライブ前日で、平日なのでまだ静かな商店街のなかに流れる音楽。そう、大好きなあの歌声。

商店街の中に入った時、ちょうど流れていたのは「ヒトリノ夜」だった。
20年前、テレビから流れてきた歌声が、少年だった私の心を一瞬で掴み、それ以来ずっと離してくれなかった大切な思い出の一曲。

きっと、普段は流れていないと思う。少なくともあれから尾道にハマってしまい、何度も足を運んでいるが、流れているのは聴いたことが無い。

明日、明後日に初めて地元で行われる大型ライブイベント。凱旋してくる地元の英雄を迎え入れる為に、街全体が盛り上がっているのを感じた。

明日、生で聴けるポルノの歌を、この時は初めて歩く尾道の街を楽しみながら、BGMとして聴いていた。

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初めての因島。もう少し早ければ憧れの人に


尾道から車を動かして初めての因島へ。
天気が少し怪しくなってきたが、何とか持ちこたえている。

土生港、折古ノ浜、青影トンネル・・・どこも憧れだった場所。
はっさく大福は絶品だったし、「いんおこ」も美味しかった。
ペーパームーンでは、ファンの方と話したり、地元の方と話したりした。

ただひたすら、幸せな時間だった。時間が過ぎていく中でも、明日のライブが少しずつ近づいていると感じると寂しくなかった。

そしてあとで知ることになるが、観光で立ち寄った場所の一つ「折古ノ浜」
実はこの日、名曲「狼」に出てくるあの場所に、昭仁が訪れていた。

もう少し早ければ会っていたかもしれない。こんなニアミスはもう一生ないんだろうと思うと本当に悔しい。
東京に住んでいる人は、もしかすると毎日こういった展開が起きているかもしれないなんて本当に羨ましい限りだ。

後からそんな気持ちになることは知らず、この日の最後、プラザ岡野を後にして車に乗り込むと急に雨が降ってきた。
ちょうど観光が終わったタイミングでの雨、明日はライブだが、雨予報。
でも、心は最高に温かかった。明日は楽しもう、そう妻に言った。

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ライブ当日、ポルノが好きな人ばかり


ついに迎えたライブ当日。
尾道国際ホテルを出て、集合場所であるONOMICHI U2横の駐車場へ。会場までは自家用車での乗り入れは禁止で、徒歩かシャトルバスでの移動のみ。
早めに出たつもりが、すでに数人並んでいた。

シャトルバスの最初の便である、8:30〜9:30のチケットを確保していた私たちはバスに乗り込み、びんご運動公園へ向かった。

最初に乗ったバスにはテレビがついてなかったのか音声のみだったが、特別収録された「しまなみテレビ」が流れた。
はっさくメガネのハイテンションな声、大好きなポルノの優しい声が、外の雨の音を打ち消すように響き、バスの中は三人のトークとライブへ向かうファンの話声であふれていた。
みんな楽しそう。

そして、びんご運動公園へ到着した。
尾道駅側にホテルを取り、シャトルバスに乗った私たちよりも、新尾道駅発のシャトルバスの方がびんご運動公園まで近いので、一番乗りというわけにはいかなかったが、かなり早い段階でライブ会場へ到着することが出来た。

到着すると、まずクロークに荷物を預け、先にポンチョを引き換えに行った。


あの伝説の、「雨など降らぬ」と背中に大きく書かれたポンチョ。


「雨しか降ってねぇ」とアレンジした人が歩いていたと妻が言っていた。本当にその通り。

フードエリアを歩いていると、会場の方から音漏れが聴こえてきた。確認できたのが

  • 瞬く星の下で
  • そらいろ
「そらいろ」が聴こえてきたとき、泣きそうになった。まだ始まってもないのに。
昨日、尾道や因島を周って地元の人の温かさに触れたから余計に感極まったのかもしれない。

雨のフードエリアでは、しばらくするとカラオケ大会が始まった。


点数が低いと途中で演奏が止まる中、歌い切った人にはポルノの直筆サイン入りグッズがもらえるらしい。
出場しようか悩んだが、今日は様子を見ようと思い、見るだけにした。

最初の方が歌い出す。曲は「夜明けまえには」
2ndアルバム「foo?」の最後に収録されているバラード曲だ。
「あぁそうか、ここにはポルノのことが好きな人しかいないんだ」と再認識した。

隣では、妻が「明日は出場しようかな・・・。歌う曲は「小説のように」か、「朱いオレンジ」にしよう」と話してきた。

暗くなるからやめておけ。

悪すぎる導線


事前に暑くなるかと思っていたが、非常に寒い。軽装できた人は大変だったと思う。
自販機の近くには雨宿りの人たちであふれ返り、誰も冷たいジュースを買う人はいなかった。

これほど温かい飲み物が飲みたいと思うことはなかった。ライブが始まったらきっと熱くなって暑くなる。そう思いながら待っていた。

開演30分ほど前、会場に移動を始めた。
ここで、このライブ一番の問題点が発生した。

  • 導線の悪さ

全く列が動かず、刻一刻と開演時間が迫る。みんなの焦りが雨と共に伝わってくる。

ここに辿りつくまでにも、どこが何をする場所なのかわかりにくい点が多く、いつものライブとは違う違和感があった。

停滞する入場列。そして、会場からは大歓声。
「え?始まった!?」周りからはそんな声が聞こえてきた。
結果的にそれはライブ開演前の客いじりだったようで、この年の5月に亡くなった広島のスターである西城秀樹さんの追悼に、みんなで「YMCA」をやったようだ。

しかし、その音はいまだ会場に入れず動かない列の中で雨に打たれている私たちには届かず、ただ会場からは歓声と、大きな何かの音楽が流れているのが聴こえているだけ。

「もしかするとライブが始まったのでは?」と思っている入場列は、ちょっとしたパニックになっていた。どこからか、汚い言葉も聞こえてきた。

急に動き出した列。時間が無く、チケットの確認をやめたのだろうか?さっきまで停滞が嘘のように会場へ流れ込み、まだライブが始まっていないことを知って安堵したファンは自分の席を確認し、着席した。

そして30分程押して、ライブは始まった。

雨の中響く、昭仁の歌声、晴一のギター


ライブの開催宣言は、広島東洋カープで長きに渡って活躍した「ミスター赤ヘル」こと山本浩二さんの挨拶。
被災された方のメッセージが述べられ、そして締めくくりの言葉

皆さん、盛り上がる準備は出来ましたか?
それでは、しまなみロマンスポルノ'18 ~Deep Breath~の開催を宣言します。

昭仁、晴一、頑張れよ!

その言葉に後押しされたように、声援の中登場するサポメン及び、ポルノグラフィティ。

そして昭仁の言葉から、曲が始まった。

皆さん、お待たせしました。
しまなみロマンスポルノ'18 始めよう!!

一曲目は、「キング&クイーン」
その時に思い出したのが、東日本大震災を受け、東北に船を贈ろうと2011年に行われた「つま恋ロマンスポルノ'11〜ポルノ丸〜」の一曲目だった「君は100%」
あの日は猛暑で、今回と真逆だが、つま恋もアクセスが良いとは言えない立地であったり、復興支援のライブであったりと今回に通ずるものを感じていた。

昭仁が作詞作曲した「キング&クイーン」は、ストレート過ぎる楽曲であるがゆえに、好きではないファンがいるのは事実。しかし、ライブにおいてはこの曲の持つパワーを感じる。
被災してしまった地元を勇気づける為に最高のオープニングだったと思う。私は、この曲が大好きだ。

曲が終わり、モニターに表示されたのは、「キング&クイーン」のジャケット。
そして、そのジャケットが「カシャ・・カシャ・・・」と1枚ずつさかのぼっていく。

次に表示されたのは晴一作詞作曲の「ワン・ウーマン・ショー〜甘い幻〜」だった。
普通ならこんな流れのセトリはないだろう。今回のセトリは、三曲ずつさかのぼるという新しい試みが行われていた。

雨のなか演奏される「ワン・ウーマン・ショー」は、とても感動的なものだった。
偶然だとしても、地元凱旋ライブが昭仁、晴一それぞの作詞作曲から始まり、そして「3」曲ずつ歴史をさかのぼっていくことが愛おしかった。

今回のライブのセトリが以下。

M01 キング&クイーン
M02 ワン・ウーマン・ショー〜甘い幻〜
M03 瞬く星の下で
M04 ワンモアタイム
M05 アニマロッサ
M06 ギフト
M07 Winding Road
M08 ROLL
M09 愛が呼ぶほうへ
M10 Mugen
M11 サボテン
M12 アポロ
M13 ブレス
M14 狼
M15 Century Lovers
M16 ミュージック・アワー
M17 Aokage
M18 そらいろ
M19 ハネウマライダー
M20 アゲハ蝶
M21 ジレンマ

簡単に感想を記していきたいと思う。

M03 瞬く星の下で
音漏れでも流れてきた楽曲。晴一作詞作曲の中でもシンプルで、アニメのタイアップもあったことで比較的演奏されているが、やっぱりCメロが良い。

M04 ワンモアタイム
発売当時はライブで頻繁に披露していたが、急に演奏頻度が減った楽曲の一つ。
ここへきて、この曲が強い。しまなみでの復興支援的な意味でも胸を打たれたし、それから2年経った今、コロナウイルスが感染拡大し、世界中が危機的状況となった2020年。
すっかりライブが出来なくなってしまい、配信がメインとなっているが、ラジオやYouTubeでのワンモアタイムの弾き語りには勇気をもらった。

M05 アニマロッサ
久々の演奏。イントロが鳴った瞬間に、待ってましたというファンの歓声が印象的だった。やっぱり、みんな待ってたんだね。
モニターには漫画風の映像で、10年前に行われた「10th Anniversary Project 『開会宣言LIVE』 横浜・淡路ロマンスポルノ'08 〜10イヤーズ ギフト〜」の映像、そして初の東京ドームライブ「東京ロマンスポルノ'09 〜愛と青春の日々〜」の映像が流れた。
今思えばこの時に、今回も〆は東京ドームだという伏線を張っていたのかもしれない。映像の最後に、メンバーの紹介を入れているのがたまらなかった。

M06 ギフト
すっかり定番になってしまった「ギフト」
シングルとしては初の昭仁、晴一での共作になった楽曲を、しまなみの空に響かせた。

M07 Winding Road
個人的にしまなみロマンスポルノで演奏されて一番嬉しかった楽曲。秋めいてきた季節にぴったりのバラードが、昭仁の歌声、ハーモニカとともに心に沁みた。

M08 ROLL
やはりROLLは強い。三曲ごとにさかのぼるセトリだが、しっとりと聴き入る楽曲が多めで、今回の地元で開催するライブの雰囲気にとてもあった選曲になっている。

M09 愛が呼ぶほうへ
地元と、ポルノをつなぐ歌はいくつかあるが、その中でも特に大切にされているのが「愛が呼ぶほうへ」
2005年に地元、因島市が尾道市と合併し、「市」では無くなることになり、地元の子供を招待して因島市民会館で行われたライブがある。そこで、地元の子供たちと共に歌ってから18年ほど経った。
当時の映像がNHKで放送された時は録画し、何度も何度も見返した。因島に憧れ、ずっと行ってみたかった場所に昨日行くことができ、そしてこの曲を聴けていることを中学生の自分に教えてあげたい。

M10 Mugen
ロッキンと同じ煽りから始まった「Mugen」は、安定の盛り上がり。いつまでたってもこの曲はポルノの代表曲の一つ。

M11 サボテン
雨が降りしきる中で歌う「サボテン」
地元で、元ベースのTamaが作り上げた名曲を響かせる。そんな感動的なシーンを目の前に、雨に涙が混じった。

M12 アポロ
三曲ずつさかのぼってついにデビュー曲「アポロ」まで戻ってきた。「ラヴ・E・メール・フロム・因島じゃろーが」まさに、その通り。

M13 ブレス
まさかのここまで全てシングル。そして全てのジャケットが高速で戻っていき、最新シングルの「ブレス」になった。

晴れた日も、雨の日もあるように

シャボン玉が飛ぶ素敵な演出のなか演奏された「ブレス」は、まさにこのしまなみライブの為に作られたような歌だった。
ポルノのたくさんある楽曲の中でも、初めて地元を訪れるきっかけをくれたこの曲は、大切な思い出の曲になった。

M14 狼
昭仁が、前日に一人でビデオを回しながら折古ノ浜を訪れた映像が流れ、全員が衝撃を受けた。
そして映像の後、トロッコに乗り込んだ二人は狼の演奏を始めたが、この日の天候と、曲頭に焚いたスモークの相性が悪すぎて、全員の視界を奪った。
全く何も見えなくなり、どこからか聞こえる歓声と昭仁の歌声。そして「何も見えへんやないかーい」と、叫んだ。
そんなトラブルもあったが、初めて地元で歌う「狼」を聴きながら、昨日見た景色を思い出していた。

M15 Century Lovers
毎回恒例の、曲前のコール&レスポンスで印象的だったのが、岡山や、広島など、特に被害の大きかった県名を呼んでいたこと。今回ライブに来られなかった人の分まで叫んだ。

M16 ミュージック・アワー
数多くのしまなみご当地ゆるキャラたちによる変な踊りがあったが、圧倒的にはっさくんの可愛さが勝っていた。だが、ヒロシマイケルのインパクトだけは忘れられない。

M17 Aokage
ここでもう一曲地元のことを歌った楽曲である「Aokage」を演奏。
狭いトンネルだとは聞いていたが、本当に狭かった。あそこを自転車で通るなんて狂気の沙汰だと思う。

M18 そらいろ
ライブ前の音漏れでも聴こえてきた「そらいろ」は、このしまなみライブの影響で好き度が急上昇した一曲。

明日をむかえる不安と戦いながら夜明けを待ったこともある

そう歌い、モニターに映し出された被災地の様子に心が苦しくなった。
少しでも復興のために支援できるように、このライブ以外でもお金を使って帰ろうと思った。

M19 ハネウマライダー
はっさくメガネのアナウンスでジェット風船を準備した。これが意外と膨らまない。一生懸命膨らましていると、カウントダウンと共にハネウマのイントロが流れ出した。
とても中途半端だったが手を放し、たくさんの風船がしまなみの空へ打ちあがった。

M20 アゲハ蝶
会場中央にビールケースを裏返したものを設置し、そこに立つ昭仁と晴一。デビュー前に大阪でこうやって歌っていたと話し、演奏を始めた「アゲハ蝶」は、つま恋ロマンスポルノ同様、被災地へ届くことを信じ、声を揃えて歌った。

M21 ジレンマ
最後はやはり「ジレンマ」。デビュー前のポルノは見たことが無いが、この曲はビールケースの上でも歌っていた歴史の古い楽曲。
盛り上がりながらも、ライブが終わることに対する寂しさがこみあげてくる曲。明日はもっと盛り上がろう。そう思った。

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いつもと違うライブ


今回のライブは、いつもと違う部分があった。
入場前の導線の悪さも、不慣れなスタッフが多かったようだ。

30分押したことで、セトリが短くなったという話もある。実際、いつものアンコールがなく、メンバー紹介もかなり急いだものだった。

そして、ある程度ポルノのライブに通っている方ならみんなが気になっていたこと。
今回のライブから、新しいサポートベースが加入した。

  • Ba. 高間有一

デビュー5年目にポルノグラフィティのベースであり、因島の同級生であったTamaこと白玉雅己が脱退し、その後は一時期を除き、ずっと一人のベーシストがポルノを支えていた。それが

  • Ba. 野崎 森男

脱退したメンバーのパートという、一番批判を受けるであろう大変な役割をずっと担当し、ポルノを支え続けてきた功労者。そんな彼がこのライブの前にサポートメンバーを卒業した。

新しい道へ向かう森男を応援したい気持ちもありながら、私の中で森男はすでにポルノの一員だった。
卒業することは非常に寂しいが、高間有一という人物がポルノにどんな新しい音を添えてくれるのかもファンの楽しみの一つだった。

その高間有一、愛称“タカマック”が奏でるベースは、本当に素晴らしいものだった。
森男のベースとはまた違った魅力があり、こうして、出会いと別れを繰り返しながらポルノは進化していくバンドなのだと思った。

そして、今回のライブは地元の復興支援という面が大きくなってしまったが、ポルノにとってデビュー20周年イヤー突入のライブでもある。
「おめでとう」という言葉を出しにくいファンに対し、昭仁がMCで、「おめでとうって言いたかったよね」と言ってくれた。

本当に、「おめでとう」そしてありがとう。大好きです。

いつもと違い、予定通りに回らなかったライブも、みんなのポルノに対する愛であふれていたことに変わりなかった。

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動かない列、寒さ


ライブが終わり、帰りに再び、いやそれ以上に体感する導線の悪さ。
このライブで経験したのは、命の大切さ。

降りしきる雨の中、会場を出てから全く動かない列。そして、やっと動いた先に待っていたのは荷物を預けたクロークへの長蛇の列。
やまない雨、暗くなる視界。

各シャトルバス乗り場へ近づくと、信じられない列だった。この雨の中、この列を並びホテルへ帰るのかと思うと絶望した。本当に寒い。
本来なら、ライブの感想を言い合いながら晩ごはんでも食べている時間だった。

途中、救急車がやってきた。誰か倒れたのか?体調の悪い人がいるのかわからないが、救急隊員が叫んでいる。私たちはいつになったら帰れるんだろう。

尾道駅行きのシャトルバスよりも、新尾道駅行きのシャトルバスの方が何故かすいていたので、急遽、新尾道駅へ向かうシャトルバスに乗り込んだ。

ライブの終演は17時頃。全身ずぶ濡れの中、ホテルについたのは22時を回っていた。
ホテルに帰ってから浴びたシャワーは、人生で一番ホッとするものだった。

今回の件を受けて、Twitterで晴一が明日への改善点を募集していた。

この時間から、少しでも改善できるように動いてくれることが嬉しかった。
明日はもっと楽しんでライブを見たい。そう思った。

二日目、雨。そして・・・


ライブ二日目。この日は、昼前のバスチケットを取っていた。
午前中に、近くのイオンへ行って防寒グッズを買い足した。昨日の寒さを思い出すと、いろいろと不安になった。

昨日よりも天気が怪しい。この日は、朝から警報が出ていた。しかし、開催の方向だということなので、バスへ乗り込み会場へ。

雨がやまない。

数少ない雨宿りが出来る場所には、ファンが密集していた。そして、天気予報を確認しながら、みんなが不安に思っていた。

そして、その時はやってきた。Twitterで色々見ていると、目に飛び込んできた一つの情報。

「中止が決定したらしい」

信じられない気持ちと、信じたくない気持ちとが押し寄せ、静かに公式発表を待った。
そして、会場にアナウンスが流れた。

天候不良により、ライブの中止が告げられた。

そして、昭仁と、晴一からの直接のメッセージ。すごく悲しそうな声だった。大好きなアーティストの、あんな声は二度と聞きたくない。

謝らなくてもいい。ポルノは何も悪くない。むしろ、ここまで連れてきてくれてありがとう。

妻も泣いていた。二人で、そのあとのことを話し、少しでもいいから尾道にお金を落として帰ることにした。
フードコートで食事をしてから、もう一度尾道市街へ降りた。
しばらくこれないことはわかっていたから、出来る限りお店を回った。お土産を買ったり、美味しいものを食べたり。
そうしている中、公式サイトに昭仁と晴一からのメッセージが掲載された。

僕たちの故郷を自慢したくて、みなさんに集まってもらうという形で今回のライヴを開催しました。
遠方から足を運んでくれた方もいらっしゃったと思います。
すでに、シャトルバス、飛行機や新幹線などで向かってくれていた方もいらっしゃったと思います。
その苦労や悔しさを考えると本当に申し訳なく思います。
今後、必ずその想いを埋め合わせて余るほどの活動で、みなさんへお返ししたいと思います。
この度は、本当にご迷惑をお掛けして申し訳ありません。

岡野昭仁

ライヴが中止になってしまい、既に会場に足を運んで下さった皆さま、また向かわれていた皆さまには大変ご迷惑をおかけ致しました。
自分らの故郷でのライブ、そして「平成30年7月豪雨」の復興の一助となるように、自分ら自身、楽しみにしていたので、くやしい気持ちでいっぱいです。
この気持ちをポルノグラフィティの明日からの活動の力に変えて、音楽を届けていきたいと思います。

新藤晴一

もう、謝らないでほしい。こっちが辛くなる。

その日、Twitterで見かけたあるツイートに胸を打たれた。
当時Twitterをしていなかったので、ずっと記憶に残っていたそのツイートを探し、引用の許可を頂いたので掲載させて頂きます。

ずっと行きたくて憧れていた街。大好きなアーティストが生まれ育った街。
やっぱりそうだ、空気が綺麗で、景色が綺麗で、そしてなによりも、こんな素敵な人たちがいる環境で育ったから
20年もの間ファンに、地元に愛されるアーティストになるんだ。
好きになったアーティストがポルノで本当に良かった、そう思わされた日だった。

ライブは無くなったけど、温かい気持ちのまま尾道を後にした。
きっとまたここにくるだろう。そう思いながら、妻と、この三日間の思い出話をしていた。

しまなみロマンスポルノのその後

ライブから数日後、アリーナツアーの発表があった。

きっと本来なら二日目にモニターで発表があったのかと思うと、胸が痛くなったが、これから始まるツアーに心が躍った。
そして、もう一つ。全国の映画館で行われるしまなみロマンスポルノのライブ・ビューイングの知らせ。

現地での再公演は叶わなかったが、全国の映画館でもう一度しまなみロマンスポルノを体感できることに感謝し、あの日の悔しかった思いを晴らすために、またこの日に向けて仕事を頑張ることを決めた。

【追記】
今回のライブ中止にあたり、チケット代の返金が行われることになったが、ファンから「返金せずに復興に役立てて欲しい」という声が多く上がっていた。
ポルノの地元復興への想いに少しでも協力したいという、ポルノとファンの素敵な関係が築けている。

この後に行われたライブ・ビューイングにおいても収益を全額寄付するという対応をしたポルノチームには心から尊敬する。本当にカッコイイ。

→ライブ・ビューイングの詳細

悔しかった想いを全てぶつけた「しまなみロマンスポルノ’18 〜THE LIVE VIEWING〜」の記録
ポルノグラフィティ初のライブ・ビューイングは、雨によって中止となったしまなみロマンスポルノを再現したものでした。本記事では、“しまなみロマンスポルノ’18 〜THE LIVE VIEWING〜”について紹介しています。あの日の感動が蘇ります。

まとめ


台風や地震によって被災されて、参加できなかった人がいる。
二日目のみの参加予定で、ライブが見れなかった人もいる。
会場へ向かう途中で中止が決まった人もいる。

そんな中で自分は、尾道、因島を観光することができ、ライブにも参加することが出来た。
二日目、あの日に会場にいて、悔しい気持ちを味わうこともできた。

悔しかったけど、ポルノにとって初めての大型凱旋ライブを十分に体感させてもらえたことにあらためて感謝したい。

少年だった頃から憧れの場所に連れて行ってくれた思い出のライブを、この先もずっと忘れない為に文字に起こしてみたが、本心を言えば映像化して欲しい。
現地でのライブはもちろん、ライブ・ビューイングも感動的で最高だったので、絶対に映像として世に出しておくべきだと思う。

そしてポルノファンはワガママなので、もう一つだけ願いがある。
晴一は「もう野外ではやらない」なんて言っているが、ファンはずっと待っている。

再び、あのしまなみの空に音を響かせてくれる日を。

自分の中で色あせない音楽。「UNFADED」ツアーで感じた生涯の宝物【ポルノグラフィティ20周年アリーナツアーの記録<前編>】
ポルノグラフィティ20周年アリーナツアー「UNFADED」は、ポルノが20年間で生み出した楽曲が色あせていないかを確認するツアーでした。本記事では、アリーナツアー「UNFADED」について前編をまとめています。色あせない楽曲が並ぶ、最高のツアーでした。

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